思い出を笑う-イタリアの旅(1995.9.19-10.15)

9/29:ボローニャ-リミニ-サン・マリノ共和国

7時前かと思って起きたらまだ4時過ぎだった。昨日のトラットリアのテラス席で待たされた(チェックを頼んでから30分くらい寒風吹きすさぶ中待たされたのだ)せいか喉と頭が痛い。風邪をひいてしまったようである。一眠りしてから6時半頃起床。手紙を書く。

 毎日の感動を記憶に留めておきたくて、毎日自分と両親宛てに2枚ハガキを書いていた。お蔭でこの日記以上にこっぱずかしいことを書いたはがきが20数枚、今も私の手元にはあるのだ。

歩○方にボローニャにはイタリアの駅には珍しく駅弁が売っていると書かれていた。エセ鉄道ファンのGinaとしてはぜひともそれを食べてみようとホームを探し回った。だがどうも駅弁はランチタイムにならないと売り出さないらしい。結局車内で持参のカロリーメイトを食べてお腹をふくらます。(ちぇっ!)車内には心なしか髪が黒く、肌も赤銅色の人が多い。アドリア海側にはむかしギリシアから移住してきた人が街を築いたという。その影響なのだろうか、なかなか興味深い。

アドリア海のリゾート地、リミニに到着。駅の標識にも英語が使われていたりと旅行客に親切にできているようだ。ユースホステルに電話してみるが、今日から丁度休みだとのこと。(バカンスシーズンはもう終わりだ、ということなのだろう)仕方なく駅前に看板の出ていたホテルにチェックインする。

ホテルに到着して駅の電話ボックスに小さいリュック(カメラ、日記帳入り)を忘れたことに気付く。泣きそうな気分になり、駅まで戻るがすでに電話ボックスにはなかった。駅のインフォメーションで遺失物預かり所の場所を聞き、行ってみると、なんと赤い私のリュックがあった!ふー、やれやれである。


サン・マリノの空も青かった

リミニ駅前のサン・マリノ共和国のインフォメーションで資料をもらい、いざサン・マリノへ。バスの中で移り往く景色を楽しもう、、、、と思いきや睡魔に襲われダウン。目が覚めると既にサン・マリノの入り口に。ティターノ山を登りきったバスターミナルからの景色は素晴らしくアペニン山脈、アドリア海などが見える。

山々に囲まれた世界最古の共和国であるサン・マリノ共和国は経済的にはイタリアに依存しており、一応独自の通貨もあるものの、イタリアリラもそのまま使えた(1995当時、現在ではユーロが流通)小道にはコインや切手、絵はがきなどを売るお店がずらりとならびこの国家の主要な財源が観光業であることは疑いようもなさそうであった。

そして入国スタンプをもらいに行く。サン・マリノには入国審査はないが、希望者にはお金を支払えばパスポートに入国スタンプを押してもらえるのだ。(完全に観光客狙いなのです。)だがしかしパスポートに押されたスタンプを見て嬉しい気分になるんだから、いい企画なんでしょうなぁ。

グワイタ城塞から見たチェスタ城塞

グワイタ城塞にいる時に、日本人ツアーに出会った。サン・マリノに来るツアーなんて珍しいなと思ってみていると、知った顔が。「あーEちゃん!!」ローマでもGちょんに会ったし、不思議だなぁ。人間の縁って。

『今日のご飯』

サン・マリノのレストランにて。ボローニャ風タリアテッレ、うさぎのローストなどをいただきました。食後にはズッパイングレーゼちっくな味のTorta di San Marino(サン・マリノ風トルテ)とめちゃきっつぅーい味の食後酒をいただいちゃいまいした。

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