Ghadaとその家族Ghadaと待ち合わせの約束をしたアブダリ・バスターミナル近くのJerusalem Jewel Hotelへ向かう。中級ホテルなのだが、Ghadaは電話でその名前を告げるとすぐわかったといったので、「割と名前の知られたホテルなんだな〜」と深く考えもせずに思っていた。
ホテルに到着してエレベーターに乗り、9Fでおりてみると、いきなりホテルのフロントだった。ロビーで待ち合わせするイメージだったのだが、これではそれも難しそうだ。慌ててGhadaの家に連絡してみるが、とっくに家をでたとのこと。ガイドブックを見てみるとJerusalem Hotelなる高級ホテルがあった。「Ghadaはここに行ったに違いない!!」と慌ててタクシーにのりホテルを目指す。
Jerusalem Hotelに到着したのは約束の時間から1時間くらい過ぎてからだった。まだGhadaは待っててくれているだろうか?不安になりつつもホテルに入ろうとしたその時、回転ドアの向かいからGhadaと妹さんが出てきた。よかった〜、ぎりぎり間に合った!!
ホテルの名前が違っていたことをわび、まずは夕食をとることにする。カフェスタイルのお店でマンサフ(羊肉を煮たものにヨーグルトソースをかけて、それをご飯の上に載せたヨルダンの代表的料理)を食べる。乳製品&ご飯大好きな私にとってはおいしい料理だが、Y嬢的にはいまいちのようだ。
日本からのおみやげとして、会社のグッズ(Tシャツとエプロン)とそれではやばいだろうとY嬢に言われて慌てて空港で購入した和風きんちゃくをプレゼントする。するとGhadaは1週間かけて縫ったという刺繍の壁掛けと同じく刺繍のミニ靴をプレゼントしてくれた。心のこもったプレゼントをもらってしばし自分のせこさに恥じ入る気がした。
Ghadaは車できていたのだが、おばさんから借りたものらしく、おばさんを勤務先の大学まで迎えに行かないといけないらしい。面白そうなので一緒についていってみる。市街から車で約30分、大学に到着。ヨルダンではイスラム圏にしては珍しく、女性の社会的進出が認められているらしく、おばさんもばりばりのキャリアウーマンといった印象だ。
アンマンの大学にて、近代的な建物
おばさんと一緒に大学から市内へと戻る。いったん、Ghada達とはわかれて、ホテルに戻る。しばらくすると部屋にGhadaから連絡がかかってきて、妹と弟が日本人を見たがってるから今からホテルに行ってもいいかとのこと。快諾して部屋で待っているとGhadaと先ほどきたGhadaのすぐ下の妹、それに9才の妹と、11才の弟がやってきた。
(お世辞にもきれいとはいいがたい)シャヒーン・パレスの部屋にちょっと驚いたようだったが、弟と妹は日本人が珍しいらしくはしゃぎ気味だ。結局Ghadaの家に一緒に行くことになる。先ほどは普通の乗用車だったが今回はワゴンカーでやってきていた。
Ghadaの家は静かな住宅街の中にあった。中に入ってみるとさきほどGhadaからもらったような色とりどりの刺繍のソファーカバーや、コースターで家が飾られており、とても素敵。家ではGhadaの両親、おばあさん、そして2人の妹と弟とGhadaが一緒に住んでいるらしい。他にもGhadaには2人のおにいさんがいるそうだが、二人とも海外に留学しているのだそうだ。(ヨルダンでは大学の数が少なく、留学するのはそう珍しいことではないのだって)
Ghadaの卒業写真、かわいいね
お母さんお手製のライスプディングとチャイを頂きながら、リビングでお話をする。(ちなみにアラビア料理嫌いのY嬢もお母さんに気をつかって完食していた)お父さんは、一家の長らしく、積極的に話には参加してこず、ちょっとむっつりした顔で座っている。
Ghadaはパレスチナ人でおばあさんは、イスラエルの侵攻の際にヨルダンに逃げてきたのだそうだ。おばあさんは、赤ちゃんだったGhadaのお母さんをだいて着のみ着のままで逃げてきたのだ。とても大変だった。と当時を振り返る。するとGhadaからイスラエルのことをどう思うか?と質問された。正直私は今までの旅においてイスラエル人に親切にされたこともあり、「どちらが悪いとはいえない」と答えた。Ghadaはこの答えに納得がいかないらしく、「小さい子供をつれたうちのおばあさんが逃げてこないといけないようなことをする国が悪いに決まってるじゃないの!!」と反論する。お母さんも「生まれたところにいつか行ってみたいけど、今の状態ではそれもできないしね。」と悲しそうだ。
なんでもパレスチナ難民だった人はイスラエルに行くことはできるらしいのだが、その際"イスラエル"という国の存在を認める必要があるらしく、それを認められない人々は生まれ育った故郷に戻ることができないのだそうだ。
普段あまり物事を深く考えない私もこの話には、いろいろと思うところがあった。ただ個人個人でいい人というのは人種・国籍を問わずたくさんいるわけであって、あまりこの国はよくないからそこに住む全ての人が悪いという風には言ったりできないし、したくないなとは思った。
Ghadaとの出会いは私にいろいろな視点を与えてくれたのだと思う。そのことに感謝したいと思っている。