旅のきっかけ中学生の頃、なら・シルクロード博が開催されました。通っていた中学が、奈良に兄弟校があったこともあり、遠足でこの博覧会を訪れました。宮崎駿監督のアニメーションをとりあげたパビリオンに夢中になる友人達を横目にみながら、Ginaは、中国を始めとするシルクロード沿いの国々からの発掘物や宝物に目がくぎ付けになりました。日帰り遠足で全てのパビリオンを見ることはできなかったため、親にお願いして、後日博覧会を再訪問したのでした。この博覧会で印象的だったのが、パルミラというシリアにある隊商都市の存在でした。美しき女王ゼノビア、ローマに滅ぼされ砂漠に埋もれた都市のイメージは、歴史好きGinaの心をくすぐったのでした。
大学4年の時、友人達とどこかに行こうといったときに、パルミラのことが頭をよぎりました。1ヶ月という旅行予定で、シリア・ヨルダン・レバノンの3ヶ国を巡ろうということになり、ビザの手配を始めました。その時にハードルとなったのはレバノンビザの存在でした。ビザを取得するためには、会社の上司、教師といった人の推薦状が要求されていました。(現在は不要)法学部に属していた私ともう一人の友人は、ゼミがないため教務課に問い合わせ、学部長との面談までして、推薦状をゲットしました。が、しかしもう一人の経済学部に所属していた友人はゼミの教授に危険だからという理由で推薦状を書いてもらうことができませんでした。
せっかくとったヨルダンのビザ(当時6,000円もした、学生にとって6,000円は痛かった)もパーにしてしまいがっかりしてその時は行き先をトルコ・ギリシャに変更した。
そして、社会人になった今年、去年と引きつづき同期の仲良しY嬢と一緒にどこかに行こうとなったとき、学生時代のリベンジでシリア・ヨルダンを提案、一緒に行くことになりました。(時間がないためレバノンは断念)
「シリア・ヨルダン旅行記目次」 1 旅のきっかけ(このページ) 2 長いシクと体力のない女 3 まだまだペトラと体力のない女 4 今日もペトラと体力のない女(笑) 5. 1杯のチャイに日本人の礼を思い出す 6. アンマン観光 7 Ghadaとその家族 8 国境を越えてシリアへ 9 パルミラ 10 小心者の日本人 11 ダマスカス、そして帰国の途へ 12 モスクワでトランジット
使ったエアーは学生時代と同じアエロフロート。GWにも関わらずリーズナブルな値段が素晴らしい。空港にアンマン空港に到着したのは、深夜になってから。タクシーであらかじめ予約していたホテルにチェックイン。0:00をまわっているにも関わらずフロントの人は明るく迎えてくれた。というのもアンマンに住むメル友Ghadaが、このホテルに何度か連絡をしていたらしく、フロントに我々のことをよろしく頼むとお願いしてくれていたそうなのだ。
チェックインしている最中にGhadaから電話がかかった。明日はペトラに行く旨を伝え、ペトラから戻ったら連絡することを約束する。しかし、明日早朝のバスに乗るため、眠れる時間は僅か。急いで用意して就寝。